2026年1月10日に阿見町から水戸市引っ越してきてから、2ヶ月半近くが経った。引っ越し先に水戸市を選んだのは、友美の実家の近くという理由とともに私なりの理由があった。
仕事と勉強の両方に力を入れる生活をしたいと考えた時に、水戸の学問を大切にする風土、歴史に魅力を感じたからだ。
今ようやく新しい在宅の仕事に慣れてきて、水戸に越してきた理由を思い返し、生活を改めている。仕事に力を入れる一方で、仕事以外の目標に向かって努力することを重視している。仕事は人から与えられるもので、いずれは私の元から消え去ってしまう。最後に残るのは自分であって、仕事以外でも学ぶことは重要なことだ。
私という人間を形成していくのは生活や習慣にあり、自分が決めた目標に向かい、努力し続けることで理想とする自分に近づいていく。私は英語を学ぶと決めているので、毎日仕事と同じように英語の勉強にも力を入れなくてはならない。仕事に慣れた今、英語の勉強に対しても本腰を入れることを決心し、読書に打ち込んでいる。
私は、阿見町で農業をしていた時、農業は素晴らしい仕事だと思って取り組んでいた。しかし、農業に対する強い想いはあるものの、いっこうに体力がつかない私はとても農業に適性があるとは思えなかった。それなのに仕事の方向性を変えようとしなかった。そして、気候や経済的条件で農業から離れざるを得なくなり、ようやく自分から7年間も関わった農業という仕事を手放した。そして心機一転、転職活動をし今の仕事に就き、重要なことを理解した。
それは、人は何をするか(仕事)よりも、どう生活するのか(生きるか)の方が大切であるということだ。例えば、毎日規則正しい生活を送れているか、食事や睡眠に節度を持っているか、労働や勉学に励んでいるか、自分の身体の弱さや年齢を省みず、心身に必要以上の負担をかけていないか、居住空間を整えているか、他人に余計なことを言わず、口を謹んでいるかといったことである。
人が何をするのか(仕事)というのは、適性、市況、会社、顧客などに左右される部分が大いにあるが、一方でどのように生活するかはある程度自分でコントロールできる。
私がここで一番望んだことは、生活を律し、毎日より良く生きようとすることであった。仕事をダラダラすることなく、時間内に集中して遂行し、空いた時間で勉学にも励んでいく。このような生き方はたとえ農業に関われなくても私にとって価値のあるものだ。
水戸市には弘道館と偕楽園という二つの歴史的施設がある。弘道館は江戸時代の藩校であり、今の時代の総合大学だ。ここで何千人もの市民が学問、体育、技術を学んだ。

偕楽園は、市民が普段の労働や勉学から離れ、心身を寛がせることができる憩いの場として使用された公園である。

この二つの施設の創設者である水戸藩主の徳川斉昭氏は一張一弛という考えを提唱した。彼は労働や学問で緊張し、強張った身体を時には休め、緩めることを勧めた。この二つの施設は、人が成長していくにはどちらも必要で、互いを補完し合っていた。つまり、彼はバランスの取れた生き方の重要性を説いた。
弘道館と偕楽園という二つの存在が示すように、人は、仕事や勉学に励むことで自分の能力を高めていく。そして休む時間を設け、美しい自然に触れることで心身の緊張を取り除き英気を養い、また日常に戻っていく。それが前進というものであり、私が水戸に来る前に思い描いた暮らしであった。

この地域には沢山の梅の木が植えてあり、開花時期には全国から観光客が梅の花を観賞するために水戸を訪れる。長い冬を超えた梅は、美しく凛とした花を咲かせ、爽やかな香りで訪れる人の心を癒す。梅は学問を象徴する木と言われている。私はそのような梅を見て、辛抱強く耐えた先に喜びがあるのだと気付かされた。
2026年3月29日 大箸







コメントを残す